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2019年5月29日 (水)

(787) 何なんだ!この日本語は!? これが文学部の教授の文章か?

  (787) 何なんだ!この日本語は!? これが文学部の教授の文章か?

私はほぼ毎月大型本屋さんで、各種の出版社のPR雑誌をもらってきます。
出版社のPR雑誌というのは、「(728)『広辞苑』第七版が出版された。編集者こそが辞書を引け」でお話ししたように、読書人に対して、とくにこの本を買ってほしい、読んでほしいという宣伝の意図で編集されています。
http://we-love-200lx.cocolog-nifty.com/blog/2018/01/728-fbc0.html

出版社のPR雑誌ですから、記事の著者は自分のプライドを持って書いているはずですし、雑誌編集者は自社のプライドを持って編集しているはずです。

ところが、著者や編集者の能力不足のために、非常にみっともない文章になっていることがあります。記事の内容が悪ければ、読者をバカにすることになりますから、そんな文章を読まされる読者はとても不愉快に感じます。

Img_20190527_145934_1
今回お話しするのは、「本のひろば」(2019年5月号)に掲載された「怒って神に」というタイトルの書評についてです。この文章は、小学生・中学生くらいのレベルのわかりにくい日本語です。「これが大学の文学部の教授が書いた文章なのか!?」と呆れて驚いたので、ここに書いておきます。

「本のひろば」は月刊のキリスト教書評誌ですから、キリスト教関係の本の書評が掲載されています。小規模の本屋さんではキリスト教関連の本の品ぞろえがあまりありませんから、キリスト教関連の新刊の(旧刊も)本を知るには、手ごろな書評誌だと評価しています。

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ここで評されている「怒って神に」(上沼昌雄著)の本は、神から預言者として召命され、神から逃亡をはかって、大魚に飲み込まれたヨナについての話のようです。

『ヨナ書』については、私がお話しするよりも、Wikipediaを読むほうがはやいでしょう。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%8A%E6%9B%B8

Img_20190527_150023
今回、まな板に載せるのは書評の中の一部の文章です。以下にテキストとして書き出しますので、一読してみてください。

(1)「ヨナは敵国の都ニネベを滅びから救うべく神の審判のことばを伝える預言者としての使命を帯びたユダヤ人の彼は、この召命に当惑し、神の前から逃亡を計る」

(中略)

(2)「評者に本書の白眉と思われるのは40ページ以上にわたり、三日三晩大魚のお腹ですごすヨナと共に生き物の生暖かい生理的な律動のリズムにあわせて暗黒のなかに過ごすその描写である」
という文章です。

まず、(1)の文章を検討します。
この文章には、主語(と思われる)語が2つあります。「ヨナは」という表現と、「ユダヤ人の彼は」という表現です。

一読して、この文章で書いている意味が分かりますか? 私は、再読、三読しても、よくわかりません。
句読点の使い方もメチャクですね。置くべきところに読点を置いていないので、区切りが長くなりすぎてさらに文意が通らなくなっています。

この文章に含まれている事柄を列挙してみると、、、、
1.ヨナは、神の召命に困惑した。
2.ヨナは、神の前から逃亡を計る。
3.神は、ニネベを滅びから救おうとした。
4.ニネベは、ユダヤ人であるヨナの敵国の都である。
5.神は、神の審判のことばを伝える預言者としてヨナを召命した。

これらの文を再構成してわかりやすく書き直してみましょうか。

神は、ヨナの敵国の都であるニネベを救おうとお考えになり、神の審判のことばを人間に伝える預言者として、ユダヤ人のヨナを召命した。神の召命は絶対的なものであるが、ヨナは敵国に行かなければならないことを恐れ当惑して、神の前からの逃亡を計った。

というよな感じになるでしょうか。元の文章と読み比べてみてください。

次に(2)の文章も読みにくい文章ですね。この文章に含まれている事柄を列挙してみます。
1.本書の中で、評者がとくにすばらしいと思う描写がある。
2.ヨナは大魚に飲み込まれた。
3.大魚のお腹の中は暗黒であった。
4.ヨナは大魚のお腹の中で三日三晩すごした。
5.その間のヨナ自身のことが描写されている。
6.大魚のお腹の中は生暖かくて、ヨナは生理的な律動のリズムを感じた。
7.その描写は40ページにもわたって記述されている。

こちらの文も書き直してみましょう。

本書の中で、評者がとくにすばらしいと思う描写がある。ヨナは大魚に飲み込まれたわけだが、大魚のお腹の中は真っ暗で生暖かかく、ヨナは生物としての大魚の生理的な律動のリズムを感じていた。本書では、その状況が40ページにもわたって描写されている。

(1)の文章はそれらしく再構成できましたが、(2)の文章はイマイチですかね。でも、元の文章よりはマシだろうと思います。

それにしてもびっくりしてしまうのが、元の文章を書いたのがシロウトじゃなくて、国立大学の他医学院文学部の教授だということです。
大学院の教授っていうことは、博士論文の指導もするわけでしょう。こんな中高生でも書かないような稚拙な文章しか書けない人が、大学院で指導しているんですか。文学部の大学院ってそんなにレベルが低いのかなぁ。

ちなみに、これを書いているときに気づいたのですが、「ニネベ」と記載してないですね。カタカナで「ニネ」と書いて、ひらがなで「べ」と書いてあります。(写真をよく見てください。「べ」はカタカナじゃなくてひらかなになっていますね)
これは、著者・編集者の校正モレでしょう。キリスト教関連の人が読むPR雑誌ですから、このような誤植はみっともないです。非常にはずかしいことです。(神様も怒っていると思いますよ)

ついでにもうひとつ書いておきます。

この教授は「白眉」という語を使っていますが、この「白眉」という語の意味がわかってないんじゃないかしら。「白眉」という語はこういう使い方をするんじゃないのです。

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図は「大辭典」(平凡社)(1936年に完成した当時最大の 国語辞典)の「白眉」の項を示しています。
「白眉」の元の意味ですが、優秀な五人兄弟がいて、その中の一人がとくに優秀でした。その優秀な人の眉に白い毛があったので、何人かのうちのとくに優秀な人のことを「白眉」というようになったのです。それを拡大解釈して、人じゃなくてものに関しても、とくにすぐれているものを「白眉」といいます。

だから、「一般的な意味で優れている」っていうのではなくて、いくつかの人とかモノが並立していて、その中でとくにすぐれているというのをいうわけです。

だから「白眉ほどじゃなくても、次にすぐれているのはどれとどれですか?」と聞かれたときに「これとこれとこれです」と列挙できるということが、意味として含まれているんです。列挙するのは、人とかモノで、一人ひとりとか一個ずつ、「個」として区別できるものです。「表現方法」のように、個別に明確に区別できないものに対して「白眉」とはいいません。

構造的に考えると、「白眉」という最優秀な人がいて、白眉の兄弟という優秀な人たちがいて、そのほかの人たちがいる。そういう三層構造の中のトップの人が「白眉」っていうわけです。

この評者は、「白眉と思われるのは」と書いていますが、「○○が白眉である」と断定的に書くものです。「なんとなく白眉と思われる」というようなあやふやな表現で使う語ではないです。

ちなみに、私の200LXの中に入っている、「大辞林」と「広辞苑」と「国語大辞典」「小学館百科全書」の記載も下につけておきましょう。

私の駄文のレベルならどうでもいいことですが、活字になるような文章を書く場合はしっかり辞書にあたって書くべきだと思います。(私は高校生くらいの時に「漢文」の授業で「白眉」の語は学習しましたけどね)

------------------- 広辞苑 --------------------
はく‐び【白眉】
  (1)白いまゆ。
  (2)[三国志蜀志、馬良伝](蜀の馬氏の兄弟五人はみな才名があったが、特に眉の中に白毛があった馬良が最もすぐれていたという故事から) 同類の中で最も傑出している人や物。「軍記物の―」
------------------- 大辞林 --------------------
はく_び【白眉】[1]
  (1)白いまゆげ。
  (2)〔「蜀書{馬良伝}」による。蜀の馬良が、五人の兄弟の中で最も優秀で、その眉に白毛があったことから〕兄弟中で最も優れている者。また、衆人の中で最も傑出した者、同類中で特に優れているもの。「歴史小説の―」
------------------- 国語大辞典 --------------------
はく‐び【白眉】
    1 白いまゆ毛。
    2 (蜀(しょく)の馬良は五人兄弟でそろって秀才であったが、特に馬良は最も秀れた人物でその眉毛に白毛があったという「蜀志‐馬良伝」の故事から)多人数、または、同種のもののなかで最も秀れている人や物。「歴史小説の白眉」
----------------- 小学館百科全書 ------------------
白眉 ハクビ
  兄弟でもっとも優れた者をいい、転じて、衆にぬきんでて優れた人や物をいう。「白い眉(マユ)」の意。中国、三国時代の蜀(シヨク)の馬氏には5人の兄弟がいた。兄弟みな字(アザナ)に「常」の字があったため「馬氏の五常」といわれ、いずれも才名高かったが、なかでも眉に白毛のある長兄の馬良(字、季常)が、もっとも優れていたと伝える『蜀志』の「馬良伝」の故事による。〈田所義行〉

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