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カテゴリー「2. 読書と知的生産」の152件の記事

2020年8月16日 (日)

(874)日経新聞に『戦国大名の経済学』の書評。

(874)日経新聞に『戦国大名の経済学』の書評。

「(868)とても面白い本『戦国大名の経済学』川戸貴史著.講談社新書」でお話した本の書評が日経新聞に載っていました。

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内容は写真を見ていただけばわかりますが、「貨幣経済史を専門とする研究者が、15世紀後半以降の領国経営にあたったのか、明らかにする」「当時の貨幣価値を現在と比較した上で記述を進めているので事情がつかみやすい。たとえば、、、」という書き出しです。

中学生が書いた読書感想文なら満点の評価だと思います。本の要約としてじょうずにまとまっています。

しかし、新聞というおおやけの場所で「書評」を掲載するのは、普通は中学生じゃなくてその道の大家ですから、ソレナリの視点から書評を書いてほしいと思います。

書評を書くのには、A.まずは正確に本の内容を把握してほしいです。B.そして広い視点から見てほしいです。そのうえで、C.その本の魅力を伝えてほしいのです。

A.~C.のどれもトレーニングが必要で、簡単に熟達できるものではないです。

「A.その本の内容を把握する」ということでは、以前に「(「(129)読書術について」とか、「(131)速読法批判)」でお話したように、システマティックに内容を把握するように読む必要があります。

ここでもういちど、「本を読む本」の要約をあげておきます。
------------------
1.初級読書
小学校で学習する基本的な読み書きのこと
・中学校を終えるころには「一人前の読書」になる準備が完了し 、一生を通じて読書体験をその上に重ねていく

2.点検読書
短い限られた時間内で内容を把握すること(本の品定め)
・組織的な拾い読み(かける時間は数分~1時間)
 ・表題や序文を見る
 ・目次を調べ、本の構造を知る
 ・索引を調べる
 ・カバーのうたい文句を読む
 ・その本の要となる章をよく見る
 ・ところどころ拾い読みする
  (結論となる最後の2~3ページは必ず読む)
・表面読みでは、わからない箇所があっても地所などで調べず、 とにかく通読する
・あくまでの全体の把握を重視する
-------------------
3.分析読書
4.シントピカル読書

レベル順に下からいうと、「1.初級読書」「2.点検読書」があって、その上に「3.分析読書」「4.シントピカル読書」があるとされています(今回は3.と4.を省略)。

「2.点検読書」では、「表題」や「序文」を見る、「目次」を調べる、「カバーのうたい文句」を読む、というところから取りかかります。

(868)とても面白い本『戦国大名の経済学』川戸貴史著.講談社新書.」をみれば、「表題」は「戦国大名の経済学」です。つまり、「経済的な側面から戦国大名を検討してみる」のがこの本の目的だということがわかります。本の帯も同じようなことが書かれています。

「序文」を見てみます。(868)に書いてあるように、「戦国大名は平時から、自領内での経済力の増大に、つねに意を注がなければなりませんでした」「お金がなければ戦争など、できうるべくもなかったのです。」「専門家が書いたものとして1冊の新書全体でこの問題を扱ったものは、現在、ほぼ皆無に近い状態です」とあります。

つまり、経済的な視点から戦国大名を扱った本は、この本が嚆矢であるというのです。

ここが重要なことです。じつは著者は自信たっぷりです。
細部まで詳しくは検討できないけれど、「経済的な視点からの戦国大名を扱うのはオレさまだけだよ」と言っているのです。
「そういう視点でこの本を読んでほしい」というのが著者の願いです。

日経新聞に掲載された書評は、本の要約としては確かにじょうずです。
しかし、著者の主張とか願いは組み上げていません。そういう点からは、専門家の書評とは言えないと思います。

話はちょっと逸れますが、私が大学で若い人たちに論文の書き方を教えていたときには、「タイトルは論文の趣旨を十分に表現するように決める」と教えていたほかに、「要約」の書き方も教えていました。

「1.この領域でいままでどんなことが解明されてきたか」「2.まだ解明されていないのはどんなことか」「今までわかっていなかったことを、(新しいアプローチで)この論文で解明した」というように自分の論文を位置づけるようにと教えていました。

この本でいうと、「1.いままで戦国大名について各方面からの研究がなされている」「2.しかし、領国運営について、資料をもとに経済的な面からはじゅうぶんに解明されていない」「3.この本で、いままで検討されていなかった経済面での領国運営の解明に取り組んだ」ということになるでしょう。

大人の書評、専門家の書評というのは、著者の主張をじゅうぶんくみ取った上で、非専門家にその魅力を伝えるような書き方であるべきです。
この書評では、著者の主張をじゅうぶんに紹介していません。

本の要約を掲載するだけなら、「中学生レベルでは100点満点っ!」といえる程度の書評でしかないと思います。

2020年8月 2日 (日)

(868)とても面白い本『戦国大名の経済学』川戸貴史著.講談社新書.

(868)とても面白い本『戦国大名の経済学』川戸貴史著.講談社新書.

今回は書評です。久しぶりにマトモに読みました。

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私はほとんど毎日、神奈川県で何番目かに大きな藤沢ジュンク堂書店に立ち読みに生きます。毎日の散歩のようなものです。

書店では、マンガと学習参考書の棚以外はほとんど見て回ります。中でも新刊の新書のコーナーはかならずチェックしています。

数週間前にこの『戦国大名の経済学 (講談社現代新書) (日本語) 新書 2020/6/17 』が目にとまりました。
いつのもように、「はしがき」と目次に目を通してから、本文のめぼしいところをざっと読みました。
「こんなことをテーマにした本は見かけたことはないぞ」「面白そうだな」と思って、購入してきました。

本の内容は、Amazonの紹介文には、
「戦国大名は平時から、自領内での経済力の増大に、つねに意を注がなければなりませんでした」「お金がなければ戦争など、できうるべくもなかったのです。」「専門家が書いたものとして1冊の新書全体でこの問題を扱ったものは、現在、ほぼ皆無に近い状態です」
とあります。(詳しくはAmazonのサイトを読んでください
https://www.amazon.co.jp/%E6%88%A6%E5%9B%BD%E5%A4%A7%E5%90%8D%E3%81%AE%E7%B5%8C%E6%B8%88%E5%AD%A6-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E5%B7%9D%E6%88%B8%E8%B2%B4%E5%8F%B2-ebook/dp/B089SV33CX/ref=sr_1_1?dchild=1&qid=1596341110&s=books&sr=1-1&text=%E5%B7%9D%E6%88%B8+%E8%B2%B4%E5%8F%B2

そうなんですよね。私は戦国時代の武将たちの話を、現代の視点で読みます。
現代と同じようにお金(経済力)がなければ、統治も戦争もできなかったはずです。
その経済的な基盤はどうなっていたのか?そのことに触れた書籍ははじめて目にしました。
エポックメイキングな本だと思います。

私は、本を読んで面白いところは、書き出して200LXに保存しています。
----- その一部 -----
044 人間一人あたりは身請け10万~70万円. 身請けがなかった人々は、下人(奴隷) として売買に供されたか、あるいは拉致してきた者が自ら使役(しえき)したのだろう

058 大内氏は平安時代後期に周防国(すおう)に土着(どちゃく)し、在庁官人となった.その後、鎌倉時代にかけて、この国衛を代表する存在にのし上がった.1360年代に周防・長門の守護(しゅご). 両国に地頭( じとう).

063 北条氏は16世紀、五代およそ100年にわたって、南関東と伊豆国 .

075 段銭・棟別銭は大名独自の財源
077 年貢以外の課税は、田には段銭、畠には懸銭、用地には棟別銭.

088 戦国大名とは、領国の「経営」を行う組織でもあった.

096 安土城.石垣の人件費だけで2000万円天主の柱だけで2500万円.建築技術者の人件費23憶4000万円.築城の労働者6~7億円.総経費は100億円.当時の日本の経済規模は、現代の1%にも満たない.

171 15世紀から、西欧各国が地球規模のネットワー ク構築を希求し始めて, 16世紀に入って、世界は人的ネットワークが地球を一周する時代に入った.史上初めて「グローバル化」の時代を迎えた.

212 12世紀後半(平安末期) に中国から持ち込まれた銭が普及したことで、中世に貨弊が定着した.その秩序は15世紀半ばまでおおむね安定していた.

249 信長の撰銭令のあとで、市場動向におされて、米が貨弊として使用されるようになった.

253 検地と石高制年貢を安定的に徴収するシステムを構築し、運営することが、政権維持には何よりも重要だった.
システムを安定させるために最も重要なことは、納入する側からみて適切な負担かどうかが可視化されていること、つまり公平であることだった.

257 すでに1570年代後半には織田氏の領国で石高制が採用されていた.
この政策は、確実に後の豊臣政権に引き継がれた. 豊臣政権下では、年貢徴収のみならず、軍役などのさまざまな役負担の基準がすべて石高に統一された.これが江戸幕府にも承継されることになった.
----------------------
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戦国の武将は、「人間狩りをするな」という命令をしょっちゅう出していますよね。
逆にいうと、戦争のときに捕まって奴隷にされたり、売り飛ばされた人たちが多くいたということですね。ある面では悲惨な時代でした。

江戸時代は何百年も安定が続いた時代でした。しかし、江戸時代以前に地方で何百年も安定が続いた時代もあったことがわかります。

戦国時代の日本の経済規模は、現代の1%にも満たないのに、よくもあちこちに巨大な城を建てたものだと思います。それだけの経済的な背景があったのですね。民衆が過酷に搾取されていたのでしょうか。

江戸時代の石高制は、貨幣(銭)が欠乏した戦国時代に始まったととのことです。どうしてしっかり貨幣経済を構築しなかったのか、そういう考えがなかったのか興味深いことです。

私は200LXを持ち歩いていて、(個人的な)経済状態を計算・把握に努めています。
そういう私の性質からみて、非常に面白い本でした。

2020年2月25日 (火)

(821) DAIGO の速読スキル

(821) DAIGO の速読スキル
私は、東洋経済ONLINEとダイヤモンド・オンラインをよく読むのですが、東洋経済ONLINEに「『速読しないで多読する人』の超合理的なやり方」という記事が掲載されていました。
Daigo1
「毎日10~20冊の本を読む人が実践するコツ」という副題です。
https://toyokeizai.net/articles/-/331292
私は著者の「メンタリスト DaiGo」がたくさんの本を書いているのは知っていますが、読んだことがありません。若い人に人気のあるベストセラー作家なのだろう、くらいに思っていました。
Daigo2
東洋経済ONLINEの記事では、「「1分で文庫本を1冊読めるようになる」という方法も「見開きを写真のように写し取って、潜在意識に記憶する」という手法も、熱心に勧める実践者が言うほどの効果は得られませんでした。誤解を恐れずに言えば、あれは眉唾です」
と書いてあったので、読書論についてはまともなことを書いていると目に止まりました。
記事では、そのほかに、
----------
・読むスピードを上げると、読んだ気になるだけで内容の理解度はむしろ下がる(理解とスピードはトレードオフの関係にある)
・読書のスピードと時間を決める要素の中で、目の動きや周辺視野が占めるのは10%以下しかない
つまり、テキストを写真のように眺める手法にはほぼ効果が認められず、速く読むことに特化した読書法では本の内容のほとんどが頭に残らないというわけです。
----------
とも書いてあります。

Daigo3
当然といえば当然なのですが、はっきりと「速読法批判」をする人を見かけるのは少ないので、「そのとおり」と意を強くしました。
以下に記事の内容を要約しておきます。

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「その本が読むべき本なのか、読むに値する本なのかどうかを見分けるための“速読”である』スキミング=拾い読み』」を行う。
「スキミングの方法」は、「表紙(カバー)、帯、目次、そして1つの章」に注目するのがポイント。
(1) 「まずは本の表紙をスキミング」「多くの場合、書籍のタイトルは著者と出版社が知恵を絞り、本の内容をギュッと要約したものになって」いるからです。
(2) 「タイトルとキャッチコピー、帯に書かれた紹介文をチェックすると、その本が伝えようとしているメインテーマをつかむことができます」
(3) 「次に目次をスキミング」「目次には、本の構造や骨組みが書かれています」「目次を拾い読みするだけで内容に対する理解度は格段に上がります」
(4) 「最後にどこか1つの章を拾い読み」「自分で『ここ』と決めた章を開き、スキミング」する。
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DAIGO が書いていることは、以前に「(131)速読法批判」
http://we-love-200lx.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/130_0d29.html
  
「速読法の本には、(ア)メダマを動かさないで読むとか、(イ)1ページ全体を画像のように捉えて読んでいくとか、(ウ)後戻りしないで読むとか、いろいろな方法論が書いてありますが、実際的にはほとんど使い物になりません」

「結局のところ、「本を読む本」のように、本のタイトルや表紙・裏表紙、目次やまえがき・あとがきなどから、事前に本の内容を大雑把につかんで、事前知識を豊富にしてから本格的な「読み」に入るというのが「王道」でしょう」
「予備知識が多ければ多いほど、内容を理解しながら高速で読むことができます」
とお話したのとだいたい同じです。
  
スキミングにしても、速読にしても、じっくり読むにしても、本の基本的な読み方については、「本を読む本」(現代教養文庫)がいちばんしっかり解説していると思います。
   
読書法については、下記の項でいろいろお話ししました。
http://we-love-200lx.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/128_18b7.html
いろんな人がそれぞれ自分なりの「読書法」を唱えていますが、それらの読書法は「その人」なりの方法であって、一般的ではありません。
アドラーの「本を読む本」だけが検証された読書法でしょう。
(131)速読法批判
http://we-love-200lx.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/130_0d29.html
(ア)メダマを動かさないで読むとか、(イ)1ページ全体を画像のように捉えて読んでいくとか、(ウ)後戻りしないで読むとか、いろいろな方法論が書いてありますが、実際的にはほとんど使い物になりません。
(132)各種の読書法の本
http://we-love-200lx.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/131_9c03.html
「知的生産の技術」(梅棹忠夫)
「独学の技術」(東郷雄二)
「読書家の新技術」(呉智英)
「現代読書法」(田中菊雄)
(243)Amazonの書評を読むのも読書法といえるかも知れない
http://we-love-200lx.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/243amazon_7109.html
Amazonのレビューは玉石混淆ですが、役に立つ書評が1割くらいあります。
本の内容を簡潔にまとめてあるものとか、的確な批判が書いてあるものなどがあって参考になります。
(254)発売中の週刊東洋経済「最強の読書術」は面白い(0)総論
http://we-love-200lx.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/2540_bb7e.html
「速読法から 精読法まで 究極の 本読みノウハウ!!!」とあります。
読書技術を解説した名著『本を読む本』。
「本を読む本」の「4つの読書レベル」:(1)初級読書、(2)点検読書、(3)分析読書、(4)シントピカル読書、
(262)週刊東洋経済「最強の読書術」(3)佐藤 優
http://we-love-200lx.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/2623_9cf7.html
佐藤流「4つのポイント」:(1)教養のための読書はやめろ。目的を持て、(2)読書の基本は熟読。3回読んでノートをとれ、(3)熟読に値する本をいかに絞り込むかが重要。(4)そのための速読と超速読を体得せよ。
佐藤流「速読の3大原則」:(1)基礎的な知識のない分野は速読できない、(2)速読は熟読できる本が限られているから必要になる、(3)速読が熟読より成果を上げることはない。
(267)週刊東洋経済「最強の読書」(8)まとめ
http://we-love-200lx.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/2678_b67d.html
「読書術」あるいは「読書法」についての特集としては、正面から取り組んでいて、よくできた特集だと思います。
しかし、弱点もあります。デジタル的な方法論をあまり考慮していない点です。
読書記録をデジタルテキストで残しておけば、瞬時に検索できて記録を有効活用できます。
(297)「ビジネスマンのための『読書力』養成講座」小宮一慶著
http://we-love-200lx.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/297-0a8b.html
「速読だけじゃムダ!」本はアタマをよくするために読め!」
「読書法は、早さではなく、『目的』によって使い分けろ!」
小宮流目的別5つの読書法:「(1)速読 (2)速読レベル1 (3)速読レベル2 (4)熟読 (5)重読

2019年11月24日 (日)

(807)仕事中と仕事外で、PDAを連続して使えないのはかわいそう。

(807)仕事中と仕事外で、PDAを連続して使えないのはかわいそう。

『精神科医が実践するデジタルに頼らない効率高速仕事術』を大型書店で見つけて購入しました。

Img_20191107_004155 書名は「デジタルに頼らない」となっていますが、実際には「デジタルを使えない」だと思います。

私は自営業なので、職場の理不尽なルールからは無縁です。でも、職場によってはスマホやPDAなどの個人のデジタル機器の持ち込みを禁止している職場があるのでしょう。
そういう「デジタル機器を持ち込めない職場」だったら、手帳などのアナログツールを工夫して使うしか方法がないだろうと思います。この本を読みながら、不自由でかわいそうな環境だと思いました。

また、著者は、200LXのような便利なデジタル機器の存在を知らないのでしょう。知っていて使えば、自分の能力が格段に拡大されるのに、知らないということも不幸なことだと思います。

仕事中と仕事外でシームレスに自己実現のツールとして使うという意味で、前項の(806)小宮一慶著『なれる最高の自分になる』『ビジネスマン手帳』などは有用なツールだと思います。そのほかにも、フランクリン・プランナー(『七つの習慣』手帳)も有効なツールだと思います。デジタル機器の使用を禁止されていれば、こういうアナログのシステムを使わざるを得ません。

Amazonのレビューなどを読めばわかりますが、この『デジタルに頼らない効率高速仕事術』で言っていることは主に3つあります。
(1)ボールペンを挟んだA6のノートを常に持ち歩いて、TODOでも発想でもその場で漏れなく記録する。(2)野口悠紀雄の超整理術の押し出し式袋システムを採用する。(3)昼寝をすることで頭脳と身体をベストコンディションに保つ、ということです。

仕事の効率を上げようとするなら、この3件とも至極当然のことです。
(私も、(1)→200LXを使う、(2)同様に野口式袋システム、(3)眠くなったら昼寝する、ことはしています)
別に目新しいことではなく、特別な発明でもなく、だれでもやっていることだろうと思います。

でもやっぱり、デジタル機器の有効な使い方を知らないのはかわいそうだなぁと思います。

もし、私が職場に200LXを持ち込みを禁止されたら、、、職場には職場用の200LXを置き、職場外では別の200LXを用意して、更衣室のロッカーにでも入れておくいて、使い分けをすると思います。そして、複数の200LXは、マイクロSDなどを経由して同期させると思います。バッチプログラムを作っておけば、同期やデータの受け渡しは数秒で終了してしまいますから。。

マイクロSDを、おサイフの中にでも入れておけばよいだけのことじゃないかな。

もし、そういうことさえ禁止ということならば、たぶん、その仕事を辞めて、別の職場に移ってしまうと思います。
だって、デジタル機器を有効に使えなければ、生産性が極端に低いでしょう。それじゃあ、「なれる最高の自分」にもなれないですぅ。

(806)小宮一慶著『なれる最高の自分になる』『ビジネスマン手帳』のこと

(806)小宮一慶著『なれる最高の自分になる』『ビジネスマン手帳』のこと

Techo 数年前から、『ビジネスマン手帳』の存在は知っていました。
今回、本屋さんで手に取って内容を詳しく検討してみたら、ずいぶん良い内容の手帳です。
私がもし200LXを使っていなければ、いまごろこの手帳を使っているかもしれません。この手帳の考え方は、私がそう思うくらいに魅力的です。

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今回は、『ビジネスマン手帳』にあわせて、小宮一慶著の『なれる最高の自分になる』の内容もお話しします。
今回の図はAmazonから借用しました。手帳の内容も、著書の内容も、現物を手に取らなくても、Amazonのサイトを読むことで理解できると思います。でも、私の評価もお話しします。

著者の小宮一慶がこの本と手帳で目指しているのは、「自己実現」ということです。
この『ビジネスマン手帳』をツールとして使って、「なれる最高の自分」なろうというのです。

最初に、小宮氏のいう「なれる最高の自分になる」ということをお話しします。

小宮氏は、『なれる最高の自分になる』の中で、「本気になればなにでもできるようになるのでしょうか?」と問います。もし、そうなら「本気になって根性を出せば、百メートルを九秒七で走れるんですか?」と問います。
「みんな本気なれば東大に入れる、ノーベル賞をとれる、経営者として大成すること」ができるのか?と問います。
そして、「すべての人が何でもできるようになれるわけではありません。なれないものはなれないのです」と書いています。

そういわれれば、確かにその通りです。

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「人には、『なれる最高の自分』というものがあり、多くの人はそこに至っていません」「なれないものはなれませんが」「『なれる最高の自分』になることを目指す--それこそが、人生の目的であり、喜びであり、自分の人生に対する義務ではないでしょうか」と言うのです。

なるほどね。そういう考え方なんですね。

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『ビジネスマン手帳』では、手帳の最初のほうに、「手帳の使い方」が書いてあります。以下は、それを私がまとめたものです。

[考え方]
・自己実現というのは、「なれる最高の自分を目指す」ことだ。
・そのために、1年後の「なれる最高の自分」をイメージする。
 (イメージできなければ、手帳の「月間目標」からスタートすればよい)
・自分の10大ニュースの候補を年末に並べかえてそれを完成させる。
 このことを毎年続けることで、「自分のステージ」が上がっていることを確認できる。
・気付いた数字を毎日記録することで、データベースが蓄積・形成される。

[具体的な方法]
・中長期的な目標を立てる→それをブレークダウンする→その達成状況を振り返る。
 そしてまた、次の月の目標を立てる。
 
・過去年表・人生のたなおろしシートに記入する。
 いままで達成してきたことを列挙する→今後の立てるべき目標をリストアップして記入する。
 
・未来年表というのは、1年後、2年後、3年後、、、にどうなりたいかの目標のこと。
 (仕事も、家族・健康などのプライベートも目標を立てて記入する)
 (自分の強みを活かす、自分が幸せになれるように、と考える)
 
・今年の(具体的な)目標、年間スケジュールを記入する。

小宮一慶の『なれる最高の自分になる』という考え方はとても現実的ですし、『ビジネスマン手帳』のシステムはわかりやすいです。

『ビジネスマン手帳』で、そのほかに記録・管理することは、、、、

・weekly a/o daily TODO :時間が決まっていない、やるべきこと
「記念日」:年初に書き込んでおく
 
・経済指標・定点観測      今日の気づき・数字:
 経済数字や個人的にcheckしている体重・血圧などをメモ
 
・個人版バランスシート(時価ベース) →年度ごとに確認
 (左側) 金融資産(預金や株、債券)、不動産価格(自宅、投資)
 (右側) 住宅・教育論、差引の純資産金額を記入
 
・今日の気づき・数字:
・読書メモ

小宮一慶の考え方はとてもすばらしいと思います。
手帳としても、毎年、個人版バランスシートを作ったり、習慣として読書メモをつるということもよいと思います。

でも、私の場合、手帳よりも200LXを使うほうがずっと使いやすいし楽です。

私は、小宮一慶の『ビジネスマン手帳』と同じようなことを200LXの上で運用しているので、いままでブログでお話してきたことと、上記の手帳の項目とを対比しておきます。

  -----------------------以下のリストは製作途中-----------------------

(0) 手帳に求められる機能
 200LX:手帳に求められる機能 2006.04.30
 200LX:(35)予定・実行・記録・検索 2006.05.03

(1) 年間目標
 200LX:具体的な「年間目標」画面 2006.04.30
 200LX:「年間目標」と各機能のこと 2006.04.30
 200LX:(661)年の始めに行う作業:年度目標の書き換え 2016.01.06

(2) 年間・月間・日々のスケジュール
 200LX:(32)Appointments:実行の日時が決まっている予定 2006.05.03
 200LX:(174)Appoint画面のバリエーション.その1 2008.01.15

(3) 過去年表・人生のたなおろしシートに記入
 200LX:(440)過去の(日誌)記録についてのまとめ 2010.02.07

(4) weekly a/o daily TODO :時間が決まっていない、やるべきこと
 200LX:(30)Todo Listについて 2006.05.03
 200LX:(97)野口先生のTO・DOと200LX上のTODO 2007.06.17

(5) 経済指標・定点観測      今日の気づき・数字:
 200LX:日誌はNoteTakerで 2006.05.03
 200LX:(83)日誌記録の形式について 2007.04.25
 200LX:(93)その年の旅行の記録 2007.05.16
 200LX:(92)その年の重大事件の記録 2007.05.16

2019年5月29日 (水)

(787) 何なんだ!この日本語は!? これが文学部の教授の文章か?

  (787) 何なんだ!この日本語は!? これが文学部の教授の文章か?

私はほぼ毎月大型本屋さんで、各種の出版社のPR雑誌をもらってきます。
出版社のPR雑誌というのは、「(728)『広辞苑』第七版が出版された。編集者こそが辞書を引け」でお話ししたように、読書人に対して、とくにこの本を買ってほしい、読んでほしいという宣伝の意図で編集されています。
http://we-love-200lx.cocolog-nifty.com/blog/2018/01/728-fbc0.html

出版社のPR雑誌ですから、記事の著者は自分のプライドを持って書いているはずですし、雑誌編集者は自社のプライドを持って編集しているはずです。

ところが、著者や編集者の能力不足のために、非常にみっともない文章になっていることがあります。記事の内容が悪ければ、読者をバカにすることになりますから、そんな文章を読まされる読者はとても不愉快に感じます。

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今回お話しするのは、「本のひろば」(2019年5月号)に掲載された「怒って神に」というタイトルの書評についてです。この文章は、小学生・中学生くらいのレベルのわかりにくい日本語です。「これが大学の文学部の教授が書いた文章なのか!?」と呆れて驚いたので、ここに書いておきます。

「本のひろば」は月刊のキリスト教書評誌ですから、キリスト教関係の本の書評が掲載されています。小規模の本屋さんではキリスト教関連の本の品ぞろえがあまりありませんから、キリスト教関連の新刊の(旧刊も)本を知るには、手ごろな書評誌だと評価しています。

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ここで評されている「怒って神に」(上沼昌雄著)の本は、神から預言者として召命され、神から逃亡をはかって、大魚に飲み込まれたヨナについての話のようです。

『ヨナ書』については、私がお話しするよりも、Wikipediaを読むほうがはやいでしょう。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%8A%E6%9B%B8

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今回、まな板に載せるのは書評の中の一部の文章です。以下にテキストとして書き出しますので、一読してみてください。

(1)「ヨナは敵国の都ニネベを滅びから救うべく神の審判のことばを伝える預言者としての使命を帯びたユダヤ人の彼は、この召命に当惑し、神の前から逃亡を計る」

(中略)

(2)「評者に本書の白眉と思われるのは40ページ以上にわたり、三日三晩大魚のお腹ですごすヨナと共に生き物の生暖かい生理的な律動のリズムにあわせて暗黒のなかに過ごすその描写である」
という文章です。

まず、(1)の文章を検討します。
この文章には、主語(と思われる)語が2つあります。「ヨナは」という表現と、「ユダヤ人の彼は」という表現です。

一読して、この文章で書いている意味が分かりますか? 私は、再読、三読しても、よくわかりません。
句読点の使い方もメチャクですね。置くべきところに読点を置いていないので、区切りが長くなりすぎてさらに文意が通らなくなっています。

この文章に含まれている事柄を列挙してみると、、、、
1.ヨナは、神の召命に困惑した。
2.ヨナは、神の前から逃亡を計る。
3.神は、ニネベを滅びから救おうとした。
4.ニネベは、ユダヤ人であるヨナの敵国の都である。
5.神は、神の審判のことばを伝える預言者としてヨナを召命した。

これらの文を再構成してわかりやすく書き直してみましょうか。

神は、ヨナの敵国の都であるニネベを救おうとお考えになり、神の審判のことばを人間に伝える預言者として、ユダヤ人のヨナを召命した。神の召命は絶対的なものであるが、ヨナは敵国に行かなければならないことを恐れ当惑して、神の前からの逃亡を計った。

というよな感じになるでしょうか。元の文章と読み比べてみてください。

次に(2)の文章も読みにくい文章ですね。この文章に含まれている事柄を列挙してみます。
1.本書の中で、評者がとくにすばらしいと思う描写がある。
2.ヨナは大魚に飲み込まれた。
3.大魚のお腹の中は暗黒であった。
4.ヨナは大魚のお腹の中で三日三晩すごした。
5.その間のヨナ自身のことが描写されている。
6.大魚のお腹の中は生暖かくて、ヨナは生理的な律動のリズムを感じた。
7.その描写は40ページにもわたって記述されている。

こちらの文も書き直してみましょう。

本書の中で、評者がとくにすばらしいと思う描写がある。ヨナは大魚に飲み込まれたわけだが、大魚のお腹の中は真っ暗で生暖かかく、ヨナは生物としての大魚の生理的な律動のリズムを感じていた。本書では、その状況が40ページにもわたって描写されている。

(1)の文章はそれらしく再構成できましたが、(2)の文章はイマイチですかね。でも、元の文章よりはマシだろうと思います。

それにしてもびっくりしてしまうのが、元の文章を書いたのがシロウトじゃなくて、国立大学の大学院文学部の教授だということです。
大学院の教授っていうことは、博士論文の指導もするわけでしょう。こんな中高生でも書かないような稚拙な文章しか書けない人が、大学院で指導しているんですか。文学部の大学院ってそんなにレベルが低いのかなぁ。

ちなみに、これを書いているときに気づいたのですが、「ニネベ」と記載してないですね。カタカナで「ニネ」と書いて、ひらがなで「べ」と書いてあります。(写真をよく見てください。「べ」はカタカナじゃなくてひらかなになっていますね)
これは、著者・編集者の校正モレでしょう。キリスト教関連の人が読むPR雑誌ですから、このような誤植はみっともないです。非常にはずかしいことです。(神様も怒っていると思いますよ)

ついでにもうひとつ書いておきます。

この教授は「白眉」という語を使っていますが、この「白眉」という語の意味がわかってないんじゃないかしら。「白眉」という語はこういう使い方をするんじゃないのです。

Img_20190527_170730
図は「大辭典」(平凡社)(1936年に完成した当時最大の 国語辞典)の「白眉」の項を示しています。
「白眉」の元の意味ですが、優秀な五人兄弟がいて、その中の一人がとくに優秀でした。その優秀な人の眉に白い毛があったので、何人かのうちのとくに優秀な人のことを「白眉」というようになったのです。それを拡大解釈して、人じゃなくてものに関しても、とくにすぐれているものを「白眉」といいます。

だから、「一般的な意味で優れている」っていうのではなくて、いくつかの人とかモノが並立していて、その中でとくにすぐれているというのをいうわけです。

だから「白眉ほどじゃなくても、次にすぐれているのはどれとどれですか?」と聞かれたときに「これとこれとこれです」と列挙できるということが、意味として含まれているんです。列挙するのは、人とかモノで、一人ひとりとか一個ずつ、「個」として区別できるものです。「表現方法」のように、個別に明確に区別できないものに対して「白眉」とはいいません。

構造的に考えると、「白眉」という最優秀な人がいて、白眉の兄弟という優秀な人たちがいて、そのほかの人たちがいる。そういう三層構造の中のトップの人が「白眉」っていうわけです。

この評者は、「白眉と思われるのは」と書いていますが、「○○が白眉である」と断定的に書くものです。「なんとなく白眉と思われる」というようなあやふやな表現で使う語ではないです。

ちなみに、私の200LXの中に入っている、「大辞林」と「広辞苑」と「国語大辞典」「小学館百科全書」の記載も下につけておきましょう。

私の駄文のレベルならどうでもいいことですが、活字になるような文章を書く場合はしっかり辞書にあたって書くべきだと思います。(私は高校生くらいの時に「漢文」の授業で「白眉」の語は学習しましたけどね)

------------------- 広辞苑 --------------------
はく‐び【白眉】
  (1)白いまゆ。
  (2)[三国志蜀志、馬良伝](蜀の馬氏の兄弟五人はみな才名があったが、特に眉の中に白毛があった馬良が最もすぐれていたという故事から) 同類の中で最も傑出している人や物。「軍記物の―」
------------------- 大辞林 --------------------
はく_び【白眉】[1]
  (1)白いまゆげ。
  (2)〔「蜀書{馬良伝}」による。蜀の馬良が、五人の兄弟の中で最も優秀で、その眉に白毛があったことから〕兄弟中で最も優れている者。また、衆人の中で最も傑出した者、同類中で特に優れているもの。「歴史小説の―」
------------------- 国語大辞典 --------------------
はく‐び【白眉】
    1 白いまゆ毛。
    2 (蜀(しょく)の馬良は五人兄弟でそろって秀才であったが、特に馬良は最も秀れた人物でその眉毛に白毛があったという「蜀志‐馬良伝」の故事から)多人数、または、同種のもののなかで最も秀れている人や物。「歴史小説の白眉」
----------------- 小学館百科全書 ------------------
白眉 ハクビ
  兄弟でもっとも優れた者をいい、転じて、衆にぬきんでて優れた人や物をいう。「白い眉(マユ)」の意。中国、三国時代の蜀(シヨク)の馬氏には5人の兄弟がいた。兄弟みな字(アザナ)に「常」の字があったため「馬氏の五常」といわれ、いずれも才名高かったが、なかでも眉に白毛のある長兄の馬良(字、季常)が、もっとも優れていたと伝える『蜀志』の「馬良伝」の故事による。〈田所義行〉

2018年8月20日 (月)

(757) 「お手軽勉強法」は役に立たない.『「超」独学法』

(757) 「お手軽勉強法」は役に立たない.『「超」独学法』

野口悠紀雄先生は『「超」独学法』の本で、「音楽、スポーツ、音楽、美術、踊り、演劇など」の「実技の類も(独学が)難しい」と書いています。
また、つい最近、居合道の段位審査での不正な金銭授受のことがニュースになったことがありましたので、実技系の武道のことを前項でお話しました。

今回は、『「超」独学法』にある「お手軽啓発書はなにの役にも立たない」(142ページ)ということに関連したお話をします。

『「超」独学法』には、「人々が「お手軽勉強法」を求めるのは、「苦しい勉強をできるだけ早く済ませて、結果だけ欲しい」と考えるからだろう」(本書142ページ)、「とくに『手軽に勉強できる』ことを売り物にするものが、そうだ」「考えてみれば明らかなように、手っ取り早く学べることは、すぐだめになる。お手軽啓発書はなにの役にも立たない」(本書142ページ)、とあります。

1002018私が、簿記・会計・ファイナンスの学習をすすめているときに、週刊ダイヤモンドでこの「決算書」の特集号が発売されました。「おお、よい時期によい特集号がでたな」と思って読んだのですが、ほとんど理解が進みませんでした。

どうして役に立たないか?と考えると、野口先生が言うような「お手軽勉強法」だからなのです。

この「決算書100本ノック!」の表紙を読んでみてください「最新」「超楽チン理解」と書いてあります。表紙に「楽ちん」とうたっているんですね。この特集号を読んでも、野口悠紀雄先生が「手っ取り早く学べること」は「すぐだめになる」と書いているように、読む端から忘れていきます。

1002017_2昨年度のも見てみましょう。「会社の数字がわかる反復練習」という副題です。小さな文字で「PL、BS、CF基本のキを楽チン理解」「演習とクイズで楽しくマスター」「銀行、証券 特殊な財務も優しく解説」などと書かれています。

なぜ、これらの「決算書」特集を読んでも理解が進まないのかを考えてみます。

いったん「決算書」から離れて、学生(受験)時代のことを思い出してみます。

Chartc学生時代は、数学の計算問題を延々と繰り返しました。100本ノックどころじゃなくて、1000本、1万本と数え切れないほどのたくさんの計算問題をこなしました。

数学(算数)ができる子どもと、できない子どもがいましたが、その差はどこででていたんでしょうか?
あるいは、理数系が得意な子どもと、文化系が得意(実は数学が不得意)な子どもの差は何だったんでしょうか?

小学校・中学校・学習塾の先生たちはよくわかっていると思います。計算問題を飽きずに繰り返し繰り返し解くことができた子どもと、「ああ、わかった!」というだけで、大量の問題数をこなすことができなかった子どもの差だったのだろうと思います。

ちょっと賢い子どもは、初歩の数学(算数)の問題ならすぐ理解できます。そこで繰り返すのをやめてしまうと数学(算数)が身につかないのです。結果的に、バカみたいに計算問題を繰り返し繰り返し解くことができた子どもが、数学(算数)がデキル子どもになったんです。

そういうことでは、週刊ダイヤモンドの「決算書」特集も子どもの算数勉強と同じです。たしかに特集を読めば表面的な理解はできます。しかし、自分で問題を解くというエクササイズがないのです。もし、「決算書」をマスターする気なら、大量の同質の「計算問題」を繰り返す必要があるはずです。じゅうぶんな時間をかけて、たくさんの問題をこなす必要があるのです。

週刊ダイヤモンドでは、「100本ノック」と表示していますが、この「100本」は同質のものが100本でなはく、それぞれ違ったものを違った解釈で100種類並べたにすぎません。こんなもの、いくら読んでも決算書はマスターできないです。

決算書をマスターした人が、理解のバリエーションを増やす目的で読めば、それなりに役に立つかも知れませんけど。

2018年8月19日 (日)

(755) 『「超」独学法』.やはり野口悠紀雄は面白い。

(755) 『「超」独学法』.やはり野口悠紀雄は面白い。

前々項で、平凡社新書『バッハ』(「音楽の父」の素顔と生涯)のことをお話したときに、ジュンク堂の新書の棚でたまたま『バッハ』(「音楽の父」の素顔と生涯)(平凡社新書)を見つけてしまったので、、」と書きました。
Dokugaku今回も、新書の棚で『「超」独学法』を見かけたので購入してしまいました。

私の住居は、大型書店(藤沢ジュンク堂と藤沢有隣堂)から徒歩1~2分の場所にあります。というよりも、大型書店の近くに住みたいがために現在のマンションを住居に選んでいます。週に数回は大型書店を訪問して、一回に10冊くらの本を立ち読みしてきます。本を買うのは、内容をざっと読んで読む価値のある本だけにしています。

というのは、自宅と事務所の書架スペースは合わせれば数千冊分あるのですが、どうしても本が多くなってしまいがちだからです。保存スペースの関係上、なるべく買わずに立ち読みだけで済ませる必要があります。読まなくなった本や雑誌は適宜処分しなければなりません。

「本を買わないで読むだけなら図書館を使えばいいじゃないか」という考えもあると思います。しかし、図書館の場合は、続きを読みたいからとか詳しく読みたいからといっても、そのまま本を持ち帰えることができません。また、本に書き込みをしたりページの端を折ったりすることができません。

私にとってそれ以上に問題なのは図書館の開館時間です。書店の場合は夜まで営業していますが、図書館は職員の勤務時間しか開館していないのが不便です。そういうことで、図書館ではなく、もっぱら大型書店を利用することになってしまいます。

さて、『「超」独学法』の内容のことですが、野口悠紀雄先生の本はやっぱり面白いです。ページの端を折ったり書き込みしたりしながら読みました。

Cover表紙の帯には、「『学び直し』がとんでもなく『面白く』なる!」「どんなジャンルも独学できる最先端かつ最強の勉強メソッドを全公開」とあります。これが出版社の考えるこの本のキャッチですね。

副題に「AI時代の新しい働き方へ」とあります。こちらが野口先生のキャッチです。

Hyousiura表紙カバーの内側・外側トビラには、「独学こそ最も効率的な勉強法である」「独学を継続するために必要なのは、次の4つ」「(1)はっきりした目的を持つ、(2)強いインセンティブを持つ、(3)勉強の楽しさを活用する、(4)時間を確保する」とあります。これが出版社が考えるこの本の要約でしょう。(本書131ページ)

この本を通読して、最終的に読書カードにひとこと書くとしたら、このように書くのが標準的でしょう。でも、担当編集者は著者のメッセージを適切に把握しているのでしょうか。

『本を読む本』が教えるように、以上のようなことを念頭に置きながらこの本を読んでいきます。※(『本を読む本』のことは、末尾に付け足しで書きました)

すると、著者が主張していることは、本のキャッチとは微妙に違うことがわかります。

著者ははしがきで、「主たる読者として想定しているのは、学校教育を終えて仕事に携わっている方々」と書いています。
そういう人たちに向かって、「独学は無限の可能性を持っている」「独学で勉強することが容易になった」と呼びかけています。(本書3ページ「はじめに」)

「新しい勉強の時代が到来」し「勉強の必要性が高ま」ったというのは、学校で学んだことや、社会に出てそれまで身につけた経験と知識だけではやっていけなくなったということでしょう。会社に就職してから定年退職まで、今までと同じ調子でやっていけるような時代ではなくなったということでしょう。

また、「独学で勉強することが容易になった」のは、スマホとかインタネットが使えるようになったからです。そういう便利なツールが出現しているんだよということだと思います。

一方で、なんでもかんでも独学が良いというわけでもないことも書いています。

「独学が容易な分野と困難な分野」がある。「法、経、商、文は、独学がやりやすい分野」であり、「医学は独学では習得できない。工学もかなり難しい」と書いています。また、「音楽、スポーツ、音楽、美術、踊り、演劇など」の「実技の類も難しい」と書いています。(本書119ページ)

そのほかに、「人々が「お手軽勉強法」を求めるのは、「苦しい勉強をできるだけ早く済ませて、結果だけ欲しい」と考えるからだろう」「実は、勉強の最も強いインセンティブは、好奇心である。面白いから、楽しいから勉強するのだ」「知識が増えれば、好奇心はさらに増す」とあります。(本書142ページ)

そうですね。本を読んだり、お勉強をしたりするのは、純粋な知的好奇心からも面白いですものね。

ちょっとした注意として、「『自己啓発書』と言われているもののほとんどは、役に立たない。とくに『手軽に勉強できる』ことを売り物にするものが、そうだ」「考えてみれば明らかなように、手っ取り早く学べることは、すぐだめになる。お手軽啓発書はなにの役にも立たない」(本書142ページ)
と書いています。ちょっと耳に痛い言葉です。

この本全体としては面白いことが書いてあるのですが、残念ながら私にはあんまり向いていません。
私自身が、「はしがき」にあるような「主たる読者」の対象から外れてしまっているからです。

142ページにあるように、「勉強は楽しい」「実は、勉強の最も強いインセンティブは、好奇心である。面白いから、楽しいから勉強するのだ。知識が増えれば、好奇心はさらに増す」というのは確かだと思います。

しかし私の場合、生きていくのに必要十分な資産を蓄積し終わって、勉強して能力を上げて収入を増やす必要がなくなりました。これからバリバリ仕事をしていくという状況ではありません。

むしろ、私にとっての大きな課題は、勉強し続けていなければ、単なるボケ老人になってしまうことです。

==========  『』について ==========

『本を読む本』は、以下の項でお話したことがあります。

(129)読書術について
http://we-love-200lx.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/128_18b7.html

(131)速読法批判
http://we-love-200lx.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/130_0d29.html

(132)各種の読書法の本
http://we-love-200lx.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/131_9c03.html

(254)発売中の週刊東洋経済「最強の読書術」は面白い(0)総論
http://we-love-200lx.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/2540_bb7e.html

2018年1月21日 (日)

(728)『広辞苑』第七版が出版された。編集者こそが辞書を引け。

(728)『広辞苑』第七版が出版された。編集者こそが辞書を引け。

Hyousi今月の12日に『広辞苑』第七版が出版されるというのを、雑誌『図書』を読んで知りました。まことにめでたいです。

そういうわけで、今月号の『図書』は新版『広辞苑』の特集でした。

Jishotukuri興味深く今月号の『図書』を読んだのですが、巻頭記事の「<座談会>辞書作りと研究と文化と--『広辞苑』第七版改定によせて」の鼎談の内容はダメですね。

どんなところがダメなのか、についてお話します。

対談の小見出しを列挙すると、「『広辞苑』に入れる言葉」「学問の進展と科学の言葉」「言葉は若い人が学びなさい」「片仮名語と漢語」「辞書を引く楽しみ、つくる楽しみ」「辞書づくりと文化」となっています。
鼎談者は、木田章義(国語学)、斎藤靖二(地球科学)、増田ユリヤ(ジャーナリスト)です。

「辞書を引く楽しみ、つくる楽しみ」まで読み読んだところで、「なんじゃこりゃ」と思いました。

-------------
斎藤 「辞書というものの強みは、(中略)、ぱっと開いて必要なものを見るんだけれども、周りにいっぱい項目があって、その項目を見ていくと、「へぇ~」と思うような知らない言葉がいっぱいある」「そういうところが、紙に印刷されて一冊に綴じられている辞書の一番の強みじゃないかと思うんです」(後略)

斎藤 「そういうものをついでに読むと面白いのに、今はそういう時代じゃなくなっている」「『広辞苑』も電子辞書では必要な項目だけ読んでおしまいになっちゃう」「だから、冊子の『広辞苑』とは、やはり違うかなという感じがします」

増田 「一覧性があるということですね。ぱっと見ると、まったく違ういろんなジャンルの項目が目に入って、それを前後に見ながら調べられるのがよさだということですね」
-------------

そういうのを「一覧性」とは言いませんっ!

「一覧性」というのは、同質のものを並べると、個々に見るよりも理解が深まるときに使う言葉で、異質のものが並んでいるときに使う言葉ではないのです。

「一覧性」という言葉では辞書に載っていなので、「一覧」という言葉の語義を見てみると、
--------------- 広辞苑 --------------------
いち‐らん【一覧】
  (2)一覧表。全体が一目で分るようにしたもの。
--------------- 大辞林 --------------------
いち_らん【一覧】
  (2)全体の概略が簡単にわかるようにまとめたもの。一覧表。「学校―」
--------------- 国語大辞典 ----------------
いち‐らん【一覧】
    2 内容が一目で分かるように、簡明に記したもの。便覧。
-------------------------------------------
というように載っています。

「ひとめでわかる」というようなときに「一覧性」という言葉を使いますが、「異質なものが並んでいる」「(一目ではなく)より詳しく読む」というようなときには使わない言葉です。

Img_20180107_230006「ことばは自由」に使ってもらっちゃ困ります。自分勝手な意味で使ってはいけません。

私の家族から、「じゃあ、そういうときはどんな言葉で表現するの?」と聞かれました。
日本語ではそういうことを表現する言葉はないと思いますね。
しいて言えば「俯瞰性」とでも言うでしょうか。

「俯瞰」という言葉を辞書で引いてみると、
--------------- 広辞苑 --------------------
ふ‐かん【俯瞰】
  高い所から見おろすこと。全体を上から見ること。
--------------- 大辞林 --------------------
ふ_かん【俯瞰】[0]
  (名)スル 高い所から見下ろすこと。鳥瞰。
--------------- 国語大辞典 ----------------
ふ‐かん【俯瞰】
    高い所から広い範囲を見おろしながめること。鳥瞰。「俯瞰撮影」「俗界を俯瞰する」
-------------------------------------------
と載っています。

「一覧」という言葉の使い方のことですが、「一覧表」という言葉を考えればよくわかります。縦横のマス目の中に整然と項目を記入したものです。エクセルなどの表に価格と品名を記入した商品一覧などを考えれば良いです。

多数の商品を「一覧表」に並べて見ることで、ひとつひとつの商品を検討していくのと違ったことがわかってくることがあります。商品全体の傾向がつかめるとか、ほかの商品と性質を比べることで、新しい視点を得ることができます。

そういうときに「一覧」という言葉を使いますが、辞書の中の一つの語義を読んでいるうちに、横にある言葉の語義にも目が行って読んでしまうという状況では「一覧性」とはいいません。

増田さんが「一覧性があるということですね」といったあとで、斎藤先生は「そうだと思うんですが、今の教育は効率を考えちゃうから、必要十分なことだけを伝えていこうとする」と話柄を変えています。

「一覧性」の言葉の使い方が正しければ、国語学者として「そうですね」と相槌を打つのでしょうが、「そうだと思うんですが、」とあいまいに答えています。

Panf座談会といっても、活字に残ってしまいますから、国語学者の斎藤先生や「図書」の編集者は、出来上がった原稿の手直しをしておくべきでしょう。

とくにこの座談会が、日本語の基準となるべく作られた辞書に関することだからです。

国語学者とか、編集者こそ、しっかり国語辞典を引いて正確な言葉遣いに注意するべきでしょう。

それができていないなら、「広辞苑」も、岩波「図書」の編集者たちも、国語学者もエセと言わざるを得ません。

ジャーナリストの増田ユリヤは、まぁ、その程度の人なんでしょうから、罪はないと思います。

2016年12月13日 (火)

(701) 最新号の週刊東洋経済の特集は「情報」関連でした。

(701) 最新号の週刊東洋経済の特集は「情報」関連でした。

P1070219 現代の情報関連分野の巨人である、佐藤優と池上彰の特集でした。

特集の中で面白いと感じたことを書いておきます。

 

 

P1070227 池上彰の「新聞の読み方&保存法」が面白かったです。私の場合、システマチックではないですが、ほぼ同じようなやり方です。

以前に「資料の整理は難しい問題。I.新聞」ということでお話したことがあります。http://we-love-200lx.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/i_a713.html

私がやっている方法は、私のオリジナルではないですから、なにかの本を読んでその方法を採用したのだと思います。でも、何十年も前のことなので情報源は忘れました(笑)。

私がほかの人たちと違うのは、気が向いたときに記事のタイトルを200LXのノートテイカーに記入しておくということくらいです。200LXに情報が入っていれば、200LX上での検索で瞬時に情報源が見つかります。

このことは、「資料の整理は難しい問題。II.検索」でお話しました。
http://we-love-200lx.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/ii_6c21.html

P1070233 「日経メディカルのニュース判断を信じられるか」のコラムは面白かったです。
「あらかじめ発表内容を"ご説明"しておくと、記事の扱いが格段に良くなる」とあります。

(699)でお話した、『熟語本位英和中辞典』が日経新聞に取りあげられていたのも、そういう事情だと思います。通常のビジネスマンが興味を引くような記事じゃないですもの。なんかウラがあるのだろうと思います。

P1070240 佐藤優がつかってる各種ガジェットの写真が掲載されてます。
記事を書くのにポメラを使っているんですね。なかなか面白い。

P1070242

 佐藤優の「タブレット活用術」も紹介されています。新聞とか雑誌とかをタブレット上で読むというようなことが書いてあります。

私の場合、パソコンとかタブレット上で読むのはどうも苦手です。新聞・雑誌・書籍の形で読むほうがずっとアタマに入ります。

タブレット上で読むのは、自炊(自分でPDF化)した小説類と、ダウンロードした週刊誌の記事(pdf)くらいです。

より以前の記事一覧